はじめに
私は訪問看護師として、これまで多くの人生の最終段階に関わってきました。訪問看護という仕事は、人の死と向き合う時間がとても多い仕事です。病気と闘う人。老いと向き合う人。そして、その家族。様々な人生の最終段階に立ち会わせていただく中で、私はある共通点を感じています。それは、多くの人が「最後まで自分らしく生きたい」と願っていることです。病気になっても。介護が必要になっても。余命を宣告されても。最後まで自分らしく生きたい。そう願う方は本当にたくさんいます。しかしその一方で、自分の最期について考える機会は決して多くありません。私自身もそうです。健康な時に、自分がどのように人生を終えたいのかを真剣に考えることは簡単ではありません。だからこそ私は、元気なうちから考えることに意味があると思っています。今回は、ある利用者様との出会いを通して私が感じた「その人らしく生きること」についてお話ししたいと思います。
【第一章】ー最後まで自分らしく生きたいー
訪問看護をしていると、「最後まで自分らしく生きたい」という言葉を耳にすることがあります。不思議なことに、その言葉は病気の種類や年齢に関係なく聞かれます。がんの方も。心不全の方も。認知症の方も。皆それぞれの言葉で、自分らしい人生を望んでいます。しかし私は時々考えます。そもそも、「自分らしく生きる」とは何なのでしょうか。好きな場所で暮らすことでしょうか。好きなことを続けることでしょうか。家族と過ごすことでしょうか。人によって答えは違うと思います。だからこそ難しい。そして同時に、とても大切なことだと思うのです。私は訪問看護の中で、利用者様の病気だけではなく、これまでどんな人生を歩んできたのか。何を大切にしてきたのか。どんな家族と過ごしてきたのか。そういったことを知ろうとします。なぜなら、その人らしさは病気の中にあるのではなく、その人が生きてきた人生の中にあると思うからです。
【第二章】ー私たちは医療や介護を選んでいるだろうかー
私たちは日々、多くの選択をしながら生きています。今日の昼食は何を食べるか。どんな服を着るか。どのスマートフォンを買うか。どこのお店を利用するか。旅行へ行くならどこへ行くか。インターネットで調べたり、口コミを見たり、友人に相談したり。時間をかけて比較し、自分なりに納得した上で選択しています。しかし、不思議なことがあります。医療や介護になると、途端に「お任せします」という人が増えるのです。もちろん、専門家の意見は大切です。医師や看護師、ケアマネジャーは、その人にとって最善と思われる選択肢を提案します。しかし、人生の主人公は医療者ではありません。本人です。例えば、心臓の病気がある人が皮膚科だけに通院することはないでしょう。自分の病気に合った医療機関を探します。ところが退院後の地域医療や介護サービスになると、「病院から紹介されたから」「言われたから」という理由だけで決まってしまうことがあります。私が活動している金沢区には、多くの訪問看護ステーションがあります。(令和8年度現在24ステーション)居宅介護支援事業所があります。訪問診療があります。ヘルパー事業所があります。それぞれに特色があります。得意としている疾患も違います。大切にしている考え方も違います。だから私は、どこが良いとか悪いとかを言いたいわけではありません。大切なのは、自分で調べること。自分で考えること。そして、自分で選ぶことです。人生の最終段階もまた、自分の人生の一部です。だからこそ、どのような医療を受けたいのか。どのような介護を受けたいのか。どこで過ごしたいのか。誰と過ごしたいのか。元気なうちから少しだけ考えてみてほしいのです。なぜなら、「自分らしく生きたい」という願いは、自分で選択することから始まると私は思っているからです。
【第三章】ー50代末期がん女性との出会いー
私には忘れられない利用者様がいます。50代の女性でした。ご主人と二人暮らし。そして近くには息子さんとお嫁さんがいて、家族みんなで支えながら生活をされていました。私たちが関わることになったのは、ステージ4のがんが見つかった頃でした。とても明るい性格の負けん気の強い女性で、訪問すると、こちらが元気をもらってしまうような人でした。いつも笑顔で、時には私たち医療者をもてなしてくれることもありました。病気と闘っているはずなのに、なぜか周囲を元気にする力を持っていました。「がんなんかに負けないわよ」そんな言葉を笑いながら話していた姿を今でも覚えています。しかし病気は少しずつ進行していきます。訪問看護が始まってから約一年。がんは全身へと広がっていました。身体には強い浮腫が現れ、足からは浸出液が絶えず流れ出ていました。腕もむくみ、自分の力で持ち上げることができません。目も腫れ、以前のような笑顔を見る機会も少しずつ減っていきました。それでも家族は献身的でした。ご主人も。息子さんも。お嫁さんも。みんながその方を支えようとしていました。だからこそ、ある日、ご家族から受けた相談が私の心に強く残っています。「介護をするのが怖いんです」私はその言葉に少し驚きました。ご家族はとても熱心に介護をされていました。決して介護から逃げたいわけではありません。むしろ逆でした。大切だからこそ怖かったのです。
【第四章】ーあの日、家族の会話が戻ったー
その日の訪問を終えてからも、私はご家族の言葉が頭から離れませんでした。「介護をするのが怖いんです」その言葉の裏には、愛情がありました。大切な人だからこそ怖い。失いたくないからこそ怖い。そんな気持ちが伝わってきました。私は考えました。看護師として今できることは何だろう。処置だろうか。説明だろうか。相談に乗ることだろうか。もちろんそれらも大切です。でも何か違う気がしていました。その時、ふと思い出したことがありました。息子さんのことです。息子さんは以前、音楽活動をしていました。大きな会場でライブを行うほど本格的に活動されていたそうです。ある日、お母さんが笑いながら話していました。「今度ライブに招待しなさいよ」息子さんは少し照れながら笑っていました。でもその話の後、息子さんは私にこう話してくれたことがありました。「結局、一度も招待できなかったんですよね」その時の少し寂しそうな表情を私は覚えていました。翌日の訪問。私はギターを持っていきました。そして息子さんに提案しました。「家の中でライブをしませんか?」息子さんは驚いていました。最初は戸惑っていたと思います。それでも話をするうちに、「やりましょうか」と言ってくれました。お母さんが好きだった曲は、ゆずの『栄光の架橋』でした。闘病中もよく聴いていたそうです。私たちは少しだけ練習をして、その日だけの特別なライブを始めました。その頃のお母さんは、呼びかけへの反応も少なくなっていました。声をかけても、返事はほとんどありません。正直、届いているだろうか。そんな不安もありました。でも、その心配は必要ありませんでした。曲が終わった時でした。お母さんの目から、静かに涙が流れていました。それを見た家族が叫びました。「お母さんが泣いてる!」さらにお母さんは、重たい腕を必死に持ち上げようとしていました。拍手をしようとしていたのです。その瞬間、家族の感情が一気に溢れ出しました。「お母さん、死なないで」「大好きだよ」「介護するの怖いんだよ」それまで胸の奥にしまっていた言葉たちが、次々と口からこぼれました。ご主人も。息子さんも。お嫁さんも。みんな泣いていました。そして私も泣いていました。その場には、病気と闘う家族ではなく、ただ大切な人を想う家族の姿がありました。あの日の光景を、私は今でも忘れることができません。
【第五章】ーこれが私の考える看護ー
その方は、ライブから一週間後に亡くなりました。ご家族は最後まで寄り添い続けました。そして亡くなってしばらく経った頃、ご家族が事務所まで挨拶に来てくださいました。私はその時にいただいた言葉を今でも忘れることができません。「あの日があったから、その後少しだけ家族の会話が増えました」何にも代えがたい言葉でした。看護師として働いていると、感謝の言葉をいただくことがあります。でも、この言葉は少し違いました。私たちが行ったのは医療行為ではありません。点滴をしたわけでもない。薬を調整したわけでもない。特別な処置をしたわけでもありません。ただ、家族が家族として向き合う時間を作った。それだけでした。でも私は、これこそが看護だと思ったのです。看護というと、医療処置や身体的なケアを思い浮かべる人が多いかもしれません。もちろんそれも大切です。しかし訪問看護では、その人の生活そのものに関わります。どんな人生を歩んできたのか。何を大切にしてきたのか。誰と生きてきたのか。どんな思い出があるのか。その人を知ろうとすること。私はそれもまた看護だと思っています。あのお母さんにとって、自分らしく生きるということは何だったのでしょう。好きな音楽を聴くことだったのかもしれません。家族と笑い合うことだったのかもしれません。息子の歌を聴くことだったのかもしれません。正解は分かりません。でも一つだけ確かなことがあります。その答えは病気の中にはなかった。その人が生きてきた人生の中にあったということです。私は訪問看護を通して、患者さんの病気だけを見るのではなく、その人の人生を見たいと思っています。家族を知りたいと思っています。生活を知りたいと思っています。なぜなら、その人らしさとは、その人たちの生活の中からしか見えてこないものだからです。そして、その人らしさを支えることこそ、私が大切にしている看護なのです。
【第六章】ー死について考えることは、生き方を考えることー
私は訪問看護師として、これまで多くの人生の最終段階に関わってきました。その中で感じるのは、死について考えることは、決して「死ぬ準備」ではないということです。むしろ、どう生きるかを考えることに近いのかもしれません。どこで過ごしたいのか。誰と過ごしたいのか。何を大切にしたいのか。人生の最終段階になった時、私たちはそうした問いと向き合うことになります。しかし本来、それらは最期になって初めて考えるものではありません。元気なうちから考え、家族と話し、自分自身の言葉で伝えておくことが大切なのだと思います。私はこれまで、「もっと早く話しておけばよかった」という言葉を何度も聞いてきました。本人も。家族も。お互いを思いやるからこそ、話せなかったことがあります。聞けなかったことがあります。伝えられなかったことがあります。だから私は、元気なうちに考えてほしいのです。自分らしさとは何か。自分はどんな人生を送りたいのか。もし大きな病気になったらどうしたいのか。誰に支えてほしいのか。そして、人生の最終段階をどう迎えたいのか。正解を決める必要はありません。考えは変わっても構いません。ただ、一度考えてみること。そして、大切な人と話してみること。そこに意味があると思っています。私がこのコラムで伝えたかったことは、延命治療の是非でもなければ、在宅医療を勧めることでもありません。どんな選択をするかは人それぞれです。ただ一つ、自分の人生について、自分自身が考え、選択することを諦めないでほしい。そう願っています。人生の最終段階もまた、人生の一部です。だからこそ、医療や介護も含めて、自分の人生を自分で選んでほしい。それが私の考える「死に方を自分で選ぶ」ということです。このコラムが、ご自身やご家族の生き方について考えるきっかけになれば幸いです。
株式会社ONE PONEY 代表取締役 松本一馬

