組織を経営していると、時々こんな話を耳にします。「仕事ができる人から辞めていく」「真面目なスタッフほど、会社に見切りをつけてしまう」もちろん、優秀なスタッフが必ず先に辞めるわけではありません。退職には、家庭の事情、待遇、キャリアアップなど、さまざまな理由があります。ただ、私が組織づくりにおいて特に警戒していることがあります。それは、管理者が全員に優しくしようとするあまり、本当に守るべきスタッフを守れなくなってしまうことです。一見すると矛盾しているようですが、私はこれが組織の魅力を失わせる大きな原因の一つだと考えています。
1.組織が大きくなれば、価値観の違う人が集まる
会社を立ち上げたばかりの頃は、比較的少人数で、価値観の近いスタッフが集まりやすいものです。お互いの考え方を理解し、困ったときには自然と助け合える。細かいルールがなくても、ある程度はうまく回ることがあります。しかし、組織が成長し、スタッフが増えてくると、そうはいきません。仕事に対する考え方も、責任感も、人との関わり方も、それぞれ違います。中には、自分と価値観が合わない相手に攻撃的な言動をとってしまう人もいるでしょう。任された仕事をできるだけ避けようとする人もいれば、不機嫌な態度を周囲に出してしまう人もいるかもしれません。もちろん、人には得意不得意がありますし、体調や家庭環境によって十分に力を発揮できない時期もあります。そこは管理者として理解し、必要な配慮をするべきだと思います。ただし、**個人の事情を尊重することと、周囲に悪影響を与える行動を許容することは、まったく別の話です。**組織で働く以上、最低限守らなければならないルールや、仲間に対する敬意があるはずです。そして、そこに向き合うことが管理者の仕事だと思っています。
2.「辞められたら困る」という管理者の本音
問題のある行動を見つけたとき、管理者は必ずしもすぐに指導できるわけではありません。特に訪問看護のような、人員配置が事業運営に直結する業界ではなおさらです。「今、このスタッフに辞められたら訪問が回らなくなる」「新しい人を採用できる保証もない」「注意して関係が悪くなるくらいなら、今は様子を見よう」こうした気持ちは、私にも理解できます。一人の退職によって、利用者さんへのサービス提供や、ほかのスタッフの負担に影響が出ることもあります。だからこそ、管理者は問題を先送りしたくなる。しかし、ここに大きな落とし穴があります。**目の前の一人が辞めるリスクばかりを考えて、その行動を許し続けるリスクを見落としてしまうのです。**指導しない。注意しない。曖昧なままにしておく。それを「優しく見守る」と表現することもできるでしょう。でも、本当にそうでしょうか。単に、管理者自身が嫌われることや、面倒な対立を避けているだけではないでしょうか。私は、管理者には時として、嫌われる覚悟が必要だと思っています。
3.真面目に働くスタッフほど、管理者を見ている
では、管理者が問題を放置している間、ほかのスタッフは何を感じているのでしょうか。毎日の仕事に責任を持ち、利用者さんに誠実に向き合い、仲間が困っていれば手を差し伸べる。そんなスタッフほど、組織の変化に敏感だと思います。例えば、仕事を避けるスタッフがいて、その分の業務を別のスタッフが引き受けている。周囲に攻撃的な言動をとるスタッフがいて、ほかのスタッフが気を遣いながら働いている。それでも管理者は何も言わない。さらに、給与や評価に大きな違いもない。そうなると、真面目に働くスタッフはどう感じるでしょうか。「どうして、あの態度が許されるんだろう」「自分ばかり負担が増えていないか」「頑張っても、頑張らなくても同じなのか」そう思うのは、自然なことだと思います。そして、最初は小さな違和感だったものが、次第に会社への不信感に変わっていきます。これまで好きだった職場が、少しずつ居心地の悪い場所になっていく。自分が大切にしていた価値観が、組織の中で大切にされなくなっていく。**優秀なスタッフが突然会社を嫌いになるのではありません。日々の小さな出来事を通して、少しずつ会社への期待を失っていくのだと思います。**そして、ある日退職を申し出る。管理者からすると突然の出来事でも、本人の中ではずっと前から気持ちが離れていたのかもしれません。
4.全員に優しい管理は、全員に公平な管理とは限らない
私は、組織づくりにおいて「優しさ」と「公平さ」を区別する必要があると考えています。例えば、仕事をたくさん引き受けるスタッフと、そうでないスタッフがいたとします。両者に同じ評価を与えることは、一見すると平等です。しかし、それは本当に公平でしょうか。仕事を引き受けた人には、その分の負担や責任があります。努力して身につけた技術があり、組織に貢献した実績があります。それらを評価に反映しなければ、頑張る理由が失われてしまいます。もちろん、件数が多ければ優秀という単純な話ではありません。難しい利用者さんを担当している人もいれば、新人教育や業務改善など、数字に表れにくい仕事を担っている人もいます。だからこそ、何を評価するのかを組織として明確にする必要があります。また、どれだけ仕事ができる人であっても、仲間を攻撃したり、周囲への敬意を欠いたりする行動まで許していいわけではありません。**成果を出すことと、組織の一員として適切に行動すること。その両方が必要です。**誰にでも同じ評価を与えることが公平なのではなく、誰に対しても同じ基準で向き合うことが公平なのだと思います。
5.わんぽにーでは、頑張りを見える化している
こうした考えから、わんぽにーでは、業務を一つひとつ点数化し、スタッフの貢献を数値で見える化する仕組みを取り入れています。誰が、どんな業務を、どれだけ担っているのか。それをできるだけ明確にし、評価に反映することを大切にしています。なぜなら、私は**「やってもやらなくても同じ」という組織にはしたくない**からです。仕事を引き受ける人。新しい役割に挑戦する人。自分の専門性を高め、組織に還元する人。そうしたスタッフが、きちんと報われる会社でありたいと思っています。一方で、点数化だけですべてが解決するとも考えていません。数字で測りやすい仕事もあれば、測りにくい仕事もあります。利用者さんへの丁寧な対応、仲間への配慮、周囲との協力、組織を良くしようとする姿勢。こうした部分も、会社にとって大切な価値です。そのため、業務への貢献を可視化することと、組織として求める行動基準を明確にすることは、セットで考える必要があります。**頑張った人が評価される仕組みと、安心して働ける環境を守るルール。**どちらか一方では不十分だと思っています。
6.ルールは、人を縛るためではなく、組織を守るためにある
私は、ルールが多ければ良い会社になるとは思っていません。むしろ、不要なルールは減らしたいと考えています。ただし、組織として絶対に守るべきことは明確にする必要があります。例えば、相手を尊重してコミュニケーションをとること。任された仕事に責任を持つこと。困ったことがあれば相談すること。会社の方針に疑問があれば、建設的に意見を伝えること。これらは、特別に難しいことではありません。しかし、当たり前だからこそ、言葉にして共有することが大切です。「普通は分かるはず」「社会人なら当然」そう考えているだけでは、人によって解釈が違ってしまいます。そして、ルールを決めた以上は、管理者自身がそのルールを守り、一貫して運用しなければなりません。人によって注意したり、しなかったり。仕事ができる人だから許したり、立場の弱い人だけを指導したり。そんな運用では、かえって不信感が生まれます。大切なのは、ルールの数ではなく、組織として大切にする価値観と、それを守る管理者の一貫性です。
7.公平に管理した結果、人が辞めることもある
ここは、経営者として覚悟が必要な部分だと思っています。明確なルールを設け、必要な指導をする。本人の話にも耳を傾け、改善できる部分は一緒に考える。会社側の制度や対応に問題があるなら、当然そこも見直すべきです。しかし、それでも価値観が合わないことはあります。会社が大切にしている考え方と、本人が望む働き方がどうしても一致しない。その結果、退職という選択になることもあるでしょう。私は、それは仕方のないことだと思っています。もちろん、退職を軽く考えているわけではありません。一緒に働いてきた仲間が辞めることは寂しいですし、経営上の負担もあります。ただ、**一人の退職を避けるために、組織として大切にしているものを曲げてしまっては本末転倒です。**誰も辞めないことが、必ずしも良い経営ではありません。会社にも、働く人にも、それぞれの価値観があります。十分に話し合ったうえで、それでも合わないのであれば、お互いに別の道を選ぶことも必要です。その決断を受け入れる勇気を、経営者は持たなければならないと思います。ただし、退職者が出るたびに「うちに合わなかった」で片づけてしまえば、会社は成長できません。なぜ合わなかったのか。会社側に改善すべき点はなかったのか。そこを振り返る姿勢も、同じくらい大切にしたいと考えています。
8.会社のいい雰囲気は、意図してつくらなければならない
最後に、私が組織づくりで大切にしている考えがあります。それは、会社のいい雰囲気は、自然に生まれるものではないということです。スタッフ同士の仲が良い。困ったときに助け合える。自分の意見を安心して伝えられる。仕事に前向きに取り組める。こうした環境は、ただ人を集めれば勝手にできあがるものではありません。経営者や管理者が、どんな行動を評価するのか。問題が起きたとき、どんな判断をするのか。誰のどんな努力を認めるのか。その一つひとつの積み重ねが、会社の文化をつくっていきます。そして、一度できあがった良い文化も、放置すれば失われてしまうことがあります。だからこそ、意図してつくり、守り続ける必要がある。私は、スタッフ全員に好かれる経営者であることを目指しているわけではありません。もちろん、できることなら全員に気持ちよく働いてほしい。でも、それ以上に大切なのは、誠実に仕事と向き合うスタッフが、安心して自分の力を発揮できる組織であることです。優しさは大切です。一人ひとりの事情に寄り添うことも大切です。しかし、優しさを理由に必要な指導を避けたり、不公平な状態を放置したりしてはいけない。それは、結果として大切なスタッフを傷つけることになるからです。わんぽにーも、まだまだ成長途中の会社です。組織が大きくなるにつれて、新しい課題も出てくるでしょう。そのたびに制度を見直し、スタッフの声を聞き、必要な判断を重ねていきたいと思っています。全員に優しい管理が、全員に公平な管理とは限らない。 そして、いい雰囲気は、意図してつくり、守っていくもの。これからも、頑張る人が損をせず、互いを尊重しながら成長できる組織をつくっていきたいと思います。
株式会社ONE PONEY 代表取締役 松本一馬

